| 航空機 列伝 この国の忘れかけた記憶に寄せて |
次回は陸軍一式戦闘機「隼」(キ43)の予定です。
どの話でしょうね?
艦上攻撃機「流星」改(97/8/21)
昭和16年、愛知航空機は海軍から苛酷とも言える要求性能を持つ「艦攻(雷撃)」「艦爆」「急降下爆撃」を行える新型機の開発を命じられた。17年末、逆ガル型主翼を持つ試作1号機が完成(十六試艦上攻撃機=試製「流星」)。主翼および機体細部の再設計を経て、昭和18年に制式採用。制式名「流星」改となった。
速度・機動性とも艦攻としては世界のトップレベルの非常に優れた機体であったが、空襲の激化などの戦局の悪化により生産機数は百余機に留まった為、具体的な戦果は少ない。
その名の通り、流星のごとく消えた悲劇の艦攻。「流星 北へ飛ぶ」(ザ・コクピット 3に収録 初出 ビックコミックオリジナル S51 3/20号)
大戦末期、制海権を失った太平洋を接近する米・機動部隊に打撃を与えるべく、地上航空隊基地からの出撃が相次いでいた。
F6Fヘルキャットを駆る「ライダー大尉」は、日本機の中に「流星」を見る。
基地に帰投できた日本機は「流星」のみ、旧式の機体はすべて未帰投となった。
流星のパイロットは知っていた「これはもう物理的な勝負なんだ」と。個人の技量や精神論などではどうにもならない物量戦・情報戦。
そして、再び大尉は流星と戦う。空母に爆撃を終えた流星を何処までも追いかけるF6F、流星はひたすら「北へ」本土へ向けて飛ぶ。
憑かれたように追うF6Fはついに内陸深く侵入、迎撃に上がった日本機に撃墜された。
「流星」北へ、幻の鳥のごとく飛んだ。F6Fを墜したパイロットが云う。「流星は美しいヒコーキです。みんな流星に乗って何処かへ行ってしまった」と。
多くの若者の未来が消えたように、優れた技術とそれに懸けた情熱も共に消えたのだ。海軍 艦上攻撃機「流星」改 DATA
設計・製作 愛知航空機
単発 逆ガル型中翼単葉 全金属製 応力外皮構造 引込脚 艦上機
全長 11.49m 全幅 14.40m(主翼折畳み時 8.30m) 全高 4.07m 主翼面積 35.40u
乗員 2名
発動機 中島「誉」十二型空冷式複列星型18気筒 1670〜1825馬力
プロペラ VDM定速四翅 D=3.50m
自重 3614kg 搭載量 2086kg 全備重量 5700kg
最大速度 543km/h/高度6200m 巡航速度 370km/h/高度4000m 着陸速度 129km/h
実用上昇限度 8950m 航続距離 1850〜3040km
武装 20mm×2(機首固定) 13mm×1(後方旋回機銃) 魚雷 800kg×1 または 爆弾 800kg×1 または 250kg×2 または 60kg×6
九十九式艦上爆撃機(十一試艦上爆撃機)('97/7/31)
昭和11年、海軍は完全に時代遅れの(しかも複葉機)九十六式艦上爆撃機に代わる低翼・単葉・全金属製の新型機の競争試作を開始。
愛知航空機が提出したハインケルHe70の設計思想を入れた機体が昭和十四年制式採用された。
日華事変後期に投入され、以降太平洋戦争期間を通じて海軍急降下爆撃機の主力として活躍、 練度の高い搭乗員がいた大戦前期には素晴らしい爆撃命中率を誇っていたが、 戦況の悪化した大戦末期には特攻機としても使用された。 もっとも多くの連合軍艦船を沈めたと云われる「曳航弾回廊」(ザ・コクピット 5に収録 初出 ビックコミックオリジナル S53 5/5号)
深海探査船が海溝を沈下中、場違いな物を発見する。それは九十九式艦上爆撃機。しかも白骨と化した搭乗員付き
見とれていた乗員は探査船を斜面に突っ込み動けなくなってしまう。 酸素は残り僅か、「俺たちもああなるのか」そして時間は遡る
今日の爆弾は44発目で縁起が悪い、機体もボロ。
やっと投下した爆弾は残念、至近弾。艦爆同士の格闘戦の末、お互いに着水、沈没。
そして、現在に至る。探査船を助けるように九十九式艦上爆撃機は海溝深部へ最後のダイブを敢行した。
海軍、栄光の急降下爆撃機。時代が変わる時、また、人の記憶も塗り替えられていく。海軍 九十九式艦上爆撃機一一型(十一試艦上爆撃機) DATA
設計・製作 愛知航空機
単発 低翼単葉 全金属製 応力外皮構造 固定脚 スポイラー付 艦上機
全長 10.20m 全幅 14.40m 全高 3.90m 主翼面積 35.00u
乗員 2名
発動機 三菱「金星」四十四型空冷式星型14気筒 1080馬力
自重 2400kg 搭載量 1250kg 全備重量 3650kg
最大速度 382km/h/ 巡航速度 281km/h 着陸速度 122km/h
実用上昇限度 8070m 航続距離 1472km
武装 7.7mm×3(機首 2 後方旋回 1) 爆弾 250kg×1 または 30〜60kg×1
キ200試作局地戦闘機「秋水」('97/7/2)
昭和19年、日本はドイツとの技術交換協定により 無尾翼ロケット戦闘機であるメッサーシュミットMe163の設計資料を手に入れた。
劣勢の状況を少しでも改善すべく陸軍・海軍・民間の共同開発に着手。 多くの困難を乗り越え、初の国産ロケットエンジン(特呂二号)も開発。 海軍の試作一号機は昭和20年7月に完成したが試験飛行で大破、 実用化の夢、虚しく二ヶ月後の敗戦を迎えた。
潜水艦によってもたらされたごく僅かの資料から機体を試験飛行まで持っていった 技術者達の奮闘を尊いものに思う。「エルベの蛍火」(ザ・コクピット 3に収録 初出 ビックコミックオリジナル S51 10/5号)
敗戦濃厚なドイツにあって、ロケットエンジンを搭載したMe163aは奮戦していた。 その垂直尾翼(無尾翼でも垂直尾翼はある)には「ホタル」。 この世界初の有人ロケット戦闘機のエンジニアとパイロットは幼なじみだ。 すでに制空権を完全掌握できる戦力はドイツ空軍にはなく、 少数のMe163aでは連合国側の戦爆連合を食い止める事はできない。
街も被害を受け、エンジニアの婚約者も死んだ。 日本からMe163の機体サンプル(日本の潜水艦はデカイから飛行機くらい積めるのだ) を受け取りに来ていた日本兵も爆撃でサンプルが破壊され、 「本当はこんなので宇宙へ行きたい」と言い残し資料だけを持ち帰った。 エンジニアとパイロットの二人は特製の複座機に乗り、ドイツとともに散華に向かうが... 戦争のために消耗したあまりにも多くの才能への鎮魂歌である。試作局地戦闘機「秋水」 DATA
設計・製作 三菱重工
ロケット推進 中翼単葉無尾翼 金属製・一部木製 応力外皮構造
全長 5.95m 全幅 9.50m 全高 2.70m 主翼面積 17.73u
乗員 1名
発動機 KR-10 薬液ロケット特呂二号 離昇時推力 1500kg
自重 1445〜1505kg 全備重量 3000kg
最大速度 800km/h/高度10000m
実用上昇限度 12000m 上昇速度 10000m/8分30秒 航続距離 10000mまで上昇後、時速600kmで3分6秒
武装 30mm×2(機首固定)
陸軍二式戦闘機「鐘馗」(キ44)('97/6/20)
昭和13年試作開始。昭和17年制式採用決定。格闘用戦闘機(キ 43 =「隼」)と対をなす重戦・高速戦闘機。主に基地防空戦闘機として活躍、大戦末期には本土爆撃に対する防空戦闘隊に配備された。着陸速度が大きい事や視界が狭いなど操縦の難しい機体だった。「成層圏戦闘機」(ザ・コクピット 1に収録 初出 少年サンデー S48 34号)
昭和20年、本土の主要な軍事拠点・工場のある都市は大規模な爆撃に晒されていた。高々度を飛行するB29などのアメリカ軍機には、高射砲も届かず、敵空母からの護衛 敵艦載機も多数、排気タービン付きのエンジンを積まない日本軍機は不利な戦いを続けていた。
この「成層圏戦闘機」は迎撃に上がった兄を墜された、弟の仇討ちの話、彼の乗る「鐘馗 U型 丙」は40ミリ機関砲を搭載している。
彼の兄は地上の民家に墜落したため民間人を巻き込んでしまった。弟は兄の二の舞を避けるため、敵編隊に紛れ込み洋上で最期の勝負を挑む。...陸軍二式戦闘機「鐘馗」U型 乙 (キ44 U乙) DATA
設計・製作 中島飛行機
単発 低翼単葉 全金属製 応力外皮構造 ファウラー式蝶型空戦フラップ 引込脚
全長 8.84m 全幅 9.45m 全高 3.24m 主翼面積 15.00u
乗員 1名
発動機 中島二式(ハ-109)空冷式複列星型14気筒 1400〜1520馬力
プロペラ ハミルトン低速三翅 D=3.00m
自重 2106kg 搭載量 658kg 全備重量 2764kg
最大速度 605〜615km/h/高度5200m 巡航速度 400km/h 着陸速度 150km/h
実用上昇限度 11200m 上昇速度 5000m/4分26秒 8000m/9分37秒 航続距離 1600km
武装 12.7mm×4(機首 2 主翼 2) 爆弾 30〜100kg×2